福井県嶺北地方の黒龍についての伝説や言伝え また、 毛矢黒龍神社に関する言伝えなど

2008年2月19日火曜日

黒龍神社 由緒書

毛谷黒龍神社

鎮座地    福井市毛谷三丁目 黒龍山
御祭神    高龗大神 (たかおがみのおおかみ)
        闇龗大神 (くらおがみのおおかみ)
        男大迹天皇 (おほどのすめらみこと)
由緒  
毛谷黒龍神社の創建は「毛谷神社」と称し二十一代雄略天皇の御代[477年]男大迹王が越前国の日野、足羽、黒龍の三大河の治水の大工事を行われ、北国無双の大河であった黒龍川(九頭龍)の守護と国家鎮護産業興隆を祈願され 高龗大神、闇龗大神の御二柱の御霊を高尾(たかや)郷黒龍村毛谷の杜(もり)(現在の舟橋から6.5粁上流の川の中央に位置)に創祀された。この後毛谷の杜より舟橋に社殿が移築された。

 四十三代元明天皇御代和銅元甲年[708年]九月二十日継体天皇の御遺徳を景仰し御霊を合祀された。

九十六代後醍醐天皇御代元徳元年[1329年]十二月神託により越前守参議藤原国房公斉屋清水(今の百坂)の上に御社殿を建立され元鎮座の地名を合わせて「毛谷黒龍神社」と尊称し また、元神社名をとり麓一帯は“毛谷の里”と呼ばれ、祭りは数多くの奉賛行事で賑い盛儀がおこなわれた。

 百七代後陽成天皇御代慶長八年[1603年]正月十日越前藩主中納言源秀康公が社地として桜井山(黒龍山)を寄進され御社殿を(今の藤島神社本殿位置)造営された。人々の崇敬殊に篤く奉祀も鄭重を極め神威日々に輝いた。

 この後明治八年十二月十日現在の地へ社殿の移築がおこなわれ、現在の御本殿は昭和三年、拝殿は同六年、渡殿が同十年に再建された。

 越前最古の歴史と諸社のもまれな社格誉れ高い毛谷黒龍神社は昭和五十二年[1977年]に御創立千五百年を迎えた。

相殿神     西宮恵比寿神社
         事代主大神
         大市姫大神
         聖徳太子
         受持神社御分霊(二十一社)

境内神社   西宮恵比寿神社(現在御殿内同座)
          石渡八幡神社
          白山神社(白山堂)

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